本因坊秀策囲碁記念館
トップページへ交通アクセス関係先リンクメールでお問い合わせはこちらから平成21年度カレンダートピックス
はじめに-館長あいさつ企画展・常設展情報館内のご案内本因坊秀策の紹介秀策生誕の尾道市因島情報

本因坊秀策の生涯

【3】第十四世本因坊跡目の襲名(18歳~20歳)

 秀策の棋力と人柄を高く評価していた本因坊家は、秀策を正式な後継者としようとしました。名誉な話とはいえ、秀策は自分か浅野藩士の籍があることから頑なに固辞します。諦めきれない本因坊家は、礼を尽くし浅野本家と三原城主忠敬の両方から了解を得て、秀策に後継者の話を持ちかけ承諾を得ます。


 こうして正式な跡目相続の手続きが行われ、江戸城で徳川家慶にお目見えし、第十四世本因坊跡目として披露されました。この後すぐに六段位を受け、丈和の娘花との婚姻も約束されました。


 こうした一連の歓びを世話になった人達に報告するために、秀策は三度目の帰郷の旅に出ました。

●跡目相続を祝した食膳

秀策の食膳

本因坊跡目相続と結婚を祝して、父輪三が購入した食膳。秀策が帰省時に使用していた。

本因坊秀策建碑記念

●「高久隆古画人物」画副

「高久隆古画人物」画副

秀策の本因坊家跡目相続を祝して贈られたもの。

●邨岩雲敬玄画老梅瑞鳥画幅

邨岩雲敬玄画老梅瑞鳥画幅

秀策遺愛の画幅の中で最古の画幅

三人の天下人に使えた算砂


本因坊算砂本因坊算砂(1559~1623) 本因坊家の開祖である本因坊算砂は、もともと京都の僧侶で、囲碁の名手としても名高い人物でした。

 織田信長は上洛の際、算砂の対局を観戦し「名人の所作」と褒め称えました。また豊臣秀吉が囲碁の御前試合を二度開催しますが、二度とも優勝したのは算砂でした。さらに徳川家康とは囲碁の手合わせをするとともに「名人碁所」として重用されました。このように三人の天下人に仕え、三人から称えられた算砂は、まさに名人中の名人といえるでしょう。

 本因坊の名は、修行していた寂光寺本因坊から得たといわれています。

本因坊秀策囲碁記念館
 尾道市因島外浦町121-1

●お問い合わせ先
 TEL 0845-24-3715

●開館時間
 午前10時-午後5時

●休館日
 毎週火曜日・年末年始
 (カレンダーをご確認ください。